無題

観劇の感想とかを書く。予定。

『rumor ~オルレアンの噂~』(2020)

 この舞台は、1969年にフランスのオルレアンで広まった「試着室から女性が消える」という噂を題材とした「Tabloid Revue」である。

「Tabloid Revue」とは構成・演出の荻田浩一による造語である。やや長くなるが、「レビュー」というジャンル自体が宝塚以外ではほとんど馴染みのないものと思われるので、その点も含めてパンフレットに記載されている荻田自身の説明を引用する。

 

(以下、引用)

レビューとは何か、と問われれば答えが難しいのですが、

自分の解釈では、

歌と踊りを楽しんで頂くショーではあるけれども、各場面がちょっとしたお芝居のような道具立てで展開される……でもガッツリとしたドラマというよりは淡いスケッチの連続で……出演者は「その人であって、その人ではない」非現実感をまといながら、ハッキリとした役という訳でもない……要は、夢と現のはざまの存在や世界を、様式であったり風情であったりで魅せていく……と、そんなものかな、と。

 

アタマに冠した「Tabloid Revue」という言葉はまったくの造語でして。

大劇場や大人数で行われるレビューに対して、小劇場で少人数によるコッテリとしてひねくれたレビューを……作りたいと思い、

ゴシップや奇抜な報道で知られる大衆紙タブロイドと呼ばれる小さ目の判型を使用していたところから、名乗ってみたわけです。

(引用ここまで)

 

 その「Tabloid Revue」という呼び名の通り、『rumor』は、赤坂RED/THEATERの小ぢんまりとした地下空間で繰り広げられる、幻惑的で魅惑的で「コッテリとしてひねくれた」不思議なショーである。

 舞台は1969年のオルレアン、とあるブティックの試着室から女性客が煙のように消えてしまう場面から始まる。そしてそこから、舞台はそれこそ夢か現かもわからない異空間へと変容し、畳みかけるように幾つもの場面が展開されていく。

 出演者はレギュラーメンバーが5人、各回2人ずつのゲストを合わせて7人(総勢は9人)の小規模カンパニーだが、元宝塚歌劇団月組トップ娘役の彩乃かなみをはじめ、一人一人の歌やダンスの実力は確かなもので、荻田のセンスが紡ぎ出す独特の世界に観客を存分に浸らせてくれる。

 

 このショーの中で繰り返し歌われているのは、噂話や都市伝説全般に対する強烈な風刺であり、作品の主題は極めて明確である。

 たとえば、次のような歌詞が出てくる。

♪よく 聞く話

♪都市伝説は都会の病気ね

♪怖がって 楽しむ

♪人間には恐怖が必要

♪この世にないものを見たがる(この世にないものを見る)

♪暗がりに恋焦がれてる

 或いは、

♪信じていないと あなたは言うだろうけど

♪真実なんかに 興味もないでしょ

といった具合である。

 

 さて、この作品の元になった1969年の「オルレアンの噂」では、試着室から消えた女性はさらわれて外国に売られているのだ、ということになっていたようである。

 それを受けて、どことも知れない異空間の中で次々と展開される場面の中には、まさにその噂どおりの状況を歌とダンスで描いたようなシーンも存在する。

 

♪耳を押し付けて聞けよ 心が壊れる音を

♪ああ 手足の感覚も 呼吸も鼓動も止めて

♪冷たい人形へと 私は生まれ変わる

♪手足の感覚も 呼吸も鼓動も止めて

♪冷たい人形へと 私は生まれ変わる

 

 これは明らかに、「売られた」女性の痛みを歌ったものだ。(この1行目の部分を歌う彩乃かなみの刺すような歌唱には本当にゾクゾクする。)

 しかし、噂どおりの物語をこうして再現して見せた直後に、これを「よく聞く話、ただの噂話」と笑い飛ばす、という構成をこのショーは取っている。

 

 現実の「オルレアンの噂」においても、実際には誰一人として試着室で行方不明になった女性などいなかった。それにもかかわらず、多くの人がこの話を信じ、女性たちは真剣に怯えたのである。なぜそのようなことになったか、噂の広まった経過やそのメカニズムなどについてはこの本 https://www.msz.co.jp/book/detail/04907.html に詳しいが、重要なポイントは、試着室で女性が消えたと噂された店を経営していたのがユダヤ人だったということである。

 

 ちょうどこの作品のDVDが届いた頃、高田大介の『まほり』という民俗学ミステリ小説(ものすごく面白い)を読んでいたら都市伝説の伝播と変容の話が出てきて、そこでまさに「オルレアンの試着室」の話にも言及されていてその符合にちょっとびっくりしたのだが、ともあれ、この『まほり』の中でも、噂話の流布を伝播させる最も強い動因は、性、暴力、そして差別だと指摘されている。

 「オルレアンの試着室」は、試着室という「女性が服を脱ぐ」場所にまつわる恐怖を語るものである点で「性」にまつわる噂話であると同時に、試着室から女性を誘拐して外国に売り飛ばしている店のオーナーが「ユダヤ人」であるという、明確に差別的なモチーフを持った都市伝説である。噂話を伝播させる強力な動因が二つ重なっているのだ。

 

 終盤、舞台が夢とも現ともわからぬ異空間から元のブティックに戻ったあとで、「オルレアンの噂」もまたその実体(もちろん、この作品における物語上の、ということだが)をあらわす。

 そこには、試着室から消えた女性などおらず、女性をさらって売り飛ばす悪徳ユダヤ商人などというものも当然いない。

 そこに現れるのは、個人的な恨みからそうした虚偽の噂を広め、やがて自分自身の悪意にどうしようもなく飲み込まれていくひとりの女、そして、その噂を信じ込んだ人々から「人さらいのユダヤ人は出ていけ」などと悪罵を投げつけられ、店を襲撃されて逃げ惑うブティックの女性店主の痛々しい姿である。

  性的スキャンダルと差別という二つの強力な動因を持った噂話が、いかに容易く広範にひろまり、悲劇的な結果を引き起こし得るかということを、この場面は鮮烈に表現している。

 

 このようにしてこの作品は、噂話というものが時にどれほど恐ろしいものとなり得るかを克明に描いているが、一方で、噂話や都市伝説を軽い気持ちで楽しんだりすることも否定していない。簡単に噂を信じる人々を揶揄し、その危うさに警鐘を鳴らしつつ、同時に「そうは言っても噂話は楽しいよね」みたいな軽いノリも出してくる。簡単に「教訓」で終わらせないというか、一筋縄では行かない感じがある。所詮、噂話に興じることは社会的動物たる人間の性であり、それをなくすことなどできはしない(し、そうすべきだとも言えない)ということなのかもしれない。

 

 劇中の歌の中で取り上げられる「都市伝説」には、「山手線の二番目の車両には小さなおじさんの妖精がいる」といった他愛もないものから、「あそこの病院で産まれた子どもはみな死産とされて実は外国に売り飛ばされている」などというおどろおどろしいものまで幅広く様々なものが含まれている。

 これらの噂話のすべてが悪だとはもちろん言えないだろうが、一方で、こうした多種多様な噂話を一緒くたに列挙することによって、罪のない他愛もない種類の噂話を楽しむことも全くの無害というわけではなく、結局は地続きである、ということを言いたいようにも見える。

 

 ともあれ、

♪いつも供給過多の 情報社会の暗い片隅には

♪密かに育ったジャングルがある

♪覗いてみたい 覗いてみよう

と軽快に歌って、この素晴らしいエンターテインメントショーは幕を閉じるのである。

 

 

 ちなみに、この作品はこれまで述べてきたように非常にテーマ性の強いショーではあるが、ゲストが登場する中盤はかなり自由というか、特に「噂」という主題と関連性があるようには見えず、色々とお遊び要素も入っていて、ほとんどお祭り騒ぎみたいな状態になっている。ここでは昭和の歌謡曲などもたくさん歌われており(ダイジェストDVDでは著作権の関係でカットになっている場面も多くて残念なのだが)、とりわけ、元宝塚月組男役スターの宇月颯がまさかのセーラー服姿で登場し、「セーラー服と機関銃」を歌いながら男たちを日本刀でバッサバッサ斬り捨てるシーンには、初見ではかなり度肝を抜かれた。ちょっと何考えてるかわからない。

 

 あと、女装して登場した男性出演者が「女装退散」と書かれたでっかいお札を踏みつけながら見事なタップダンスを披露して拍手喝采を浴びる、みたいな場面もあって、最初お札が出てきたときは正直一瞬かなりギョッとしたのだが、もちろん場面を最後まで見ればそのメッセージ性がどのようなものであるかは明らかだろう。

 

 

 この作品は2020年1月10日から1月19日にかけて(まだ新型コロナウィルスの流行が始まっていなかったあの頃)、収容人数173人の小劇場である赤坂RED/THEATERで上演された。

 現在、オンラインショップ(下記リンク)でダイジェスト版のDVDが販売されている。

 あまり類例のないタイプの舞台作品だと思うが、せっかくの機会なので、一人でも多くの人にその魅力を知ってもらえたら、と願う。

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